越谷市で交通事故の相談 むち打ち治療は新越谷整骨院まで
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丸山院長のオフィシャルブログ

一歩踏み出す勇気が自分を変える



私は、マンションに住んでいて、両隣の人しか顔がわかりません。

人とすれ違ったときに
 
ちょっとの勇気をだして、


おはようございます

と言う、

気持ちがいい

帰宅時、

エレベーターから先に降りるときには

おやすみなさい!

とこちらから言う。

言えた時の自分が好き


きっかけは、

年配の方の、おはよう!

おやすみなさい! だった。

とても爽やかで気持ちよかった。

私も 伝えて行こうと思った。


ちょっとの勇気がいるけど、

きっと挨拶されたひとも

気持ちいいと思うから

続けています




投稿者 株式会社 コスモポリタンメディカル① | PermaLink | コメント(0) | トラックバック(0)
   言葉の力
治療家甲子園で

とてもお世話になった

ナニメンさんのメルマガからです。

ナニメンとは 浪花のメンターです

やさしい言葉で、わかりやすく

それでいて、こころの奥まで届く

ナニメンの世界です。
 



「幸せ」とは

 「自分は幸せだ」と思った瞬間に

 そう思った人だけに生じるものだそうですよ

 「幸せ」は、「感じるもの」なんだね

 「不幸」とは

 その出来事を許せない

 受け入れることができないと思ったときから

 生じるもので、こちらも感じるものだよね

 私たちに大切なことは

 不幸に思えることに対し

 論評したり評価することではなく

 目の前の現象を受け止め

 そのことから

 どう「幸せ」に繋げていくかを常に考える習慣が大切なんですね

 これが幸運を引き寄せてくる習慣のようです

 合言葉は・・だいじょうぶ・・
 あなたは一人じゃないからね!
 いってらっしゃーーい(^_^)



 ご意見ご感想ご質問ございましたら
 このメールに返信くださいませ
 ありがとうございます

 このメルマガをご紹介いただければ嬉しいです
 ナニメン喜働力空メール登録は
00553244s@merumo.ne.jp
      
投稿者 株式会社 コスモポリタンメディカル① | PermaLink | コメント(0) | トラックバック(0)
  感動です  2
     

前のブログから読んでください




六年生で先生は少年の担任ではなくなった。

卒業の時、先生に少年から一枚のカードが届いた。

「先生は僕のお母さんのようです。そして、今まで出会った中で

一番素晴らしい先生でした」

それから六年。またカードが届いた。

「明日は高校の卒業式です。僕は5年生で先生に

担当してもらって、とても幸せでした。

おかげで奨学金ももらって医学部に進学する事ができます」

十年を経て、またカードがきた。

そこには先生と出会えた事への感謝と、

父親に叩かれた体験があるから

感謝と痛みが分かる医者になれると記され、

こう締めくくられていた。

「僕はよく五年生の時の先生を思い出します。

あのままだめになってしまう僕を

救ってくださった先生を、神様のように感じます。

大人になり、医者になった僕にとって最高の先生は、

五年生のときに担任して下さった先生です。」

そして一年。

届いたカードは結婚式の招待状だった。

「母親の席に座ってください」

と一行、書き添えられていた。

先生は嬉しくて涙が止まらなかった。

=====



日本中の先生に読んでもらいたいですね。


日本中の大人に読んでもらいたいですね。


ダメな人なんていない。

可能性のない人なんていない。


僕たち大人が、ダメだと決めつけてしまう考え方があるだけで…。


投稿者 株式会社 コスモポリタンメディカル① | PermaLink | コメント(0) | トラックバック(0)
 感動です

てっぺんの大島さんのメルマガから

とても素敵な話を掲載させてもらいました。



【招待状】

ある小学校で良いクラスをつくろうと一生懸命な先生がいた。

その先生が五年生の担任になった時

一人、服装が不潔でだらしなく、遅刻をしたり、

居眠りをしたり

皆が手をあげて発表する中でも、

一度も手を上げない少年がいた。

先生はどうしてもその少年を好きになれず

いつからかその少年を

毛嫌いするようになった。

中間記録に先生は少年の悪いところばかりを

記入するようになっていた。


ある時、少年の一年生からの記録が目に留まった。

そこにはこう書いてあった。

「朗らかで、友達が好きで、人にも親切。

弁口もよくでき、将来楽しみ」とある。

間違いだ。他の子に違いない。

先生はそう思った。


二年生になると

「母親が病気で世話をしなければならず、時々遅刻する」

と書かれていた。


三年生では

「母親の病気が悪くなり、疲れていて、

教室で居眠りをする」。

三年生の後半の記録には

「母親が死亡。希望を失い、悲しんでいる」とあり、


四年生になると

「父は生きる意欲を失い、アルコール依存症となり、

子どもに暴力をふるう」。

先生の胸に激しい痛みが走った。

だめと決めつけていた子が突然、

深い悲しみを行き抜いている

生身の人間として自分の前に立ち現れてきたのだ。

先生にとって目を開かされた瞬間であった。

放課後、先生は少年に声をかけた。


「先生は夕方まで、教室で仕事をするから、

あなたも勉強していかない?

わからないところは教えてあげるから」。

少年は初めて笑顔を見せた。

それから毎日、少年は教室の自分の机で

予習復習を熱心に続けた。

授業で少年が初めて手をあげた時、先生に大きな喜びがわき起こった。

少年は自信を持ち始めていた。

投稿者 株式会社 コスモポリタンメディカル① | PermaLink | コメント(0) | トラックバック(0)
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